地場産業

甲府市の奥秩父山塊に位置する金峰山一帯は、古くから水晶に関連した産業が盛んでした。縄文時代には、この地域で水晶が産出されていた遺跡があります。その後、明治後期から大正初期にかけて、水晶研磨と貴金属工芸の産業がこの地域で発展しました。

この地域の水晶は、その透明で美しい輝きから高い評価を受け、世界中の宝飾業者やコレクターから注目されました。特に明治から大正にかけては、技術の向上や量産体制の整備により、水晶の研磨技術が飛躍的に進歩しました。同時に、海外からの買い付けと販路の拡大により、業者同士の採掘競争が激化しました。こうした背景から、この地域は世界的なジュエリーの生産地として名を馳せることとなりました。

山梨がジュエリーの産地として広く認知されるにつれて、研磨宝飾産業の発展と人材育成が重要視されるようになりました。そのため、「山梨県立宝石美術専門学校」が開校され、宝石に関する専門知識や技術の継承・発展が図られました。私もこの学校を卒業し、長年にわたり山梨のジュエリー産業に身を置いてきました。この地域が持つ豊かな自然と歴史的な背景が、私たちのジュエリー製作に深いインスピレーションを与えています。