マスカットの房を手に取ったとき、その美しさや香りに心が満たされる方も多いのではないでしょうか。しかし、輝く果実の裏側には、生産者たちの見えない努力とこだわりがあります。
今回私たちは、OGINO VINEYARD(山梨県甲州市)代表・荻野幸之助さんにインタビューを行い、マスカット栽培の“リアル”と“想い”、そして未来への展望について語っていただきました。
自然とともに、果実と向き合う──OGINO VINEYARDとは
OGINO VINEYARDは、山梨県甲州市のなだらかな斜面に広がるブドウ畑で、シャインマスカットやワイン用ブドウの栽培に取り組んでいます。
「ただ甘いだけではない、心に残る果実をつくる」。その理念のもと、農薬や化学肥料の使用をできるだけ控え、土壌・気候・植物の声に耳を傾けながら丁寧に育てています。
そして近年は、“食べるだけで終わらない”農業のかたちを模索し、収穫体験や地域連携型プロジェクトにも積極的に取り組んでいます。
苗木1本から始まった挑戦
――まず、マスカットづくりを始めたきっかけを教えてください。
「最初は本当に“ゼロ”からのスタートでした。農家の出身でもなければ、特別な知識があったわけでもなく。ただ、自然の中で育てるという行為に惹かれ、学びながら少しずつ畑を耕していきました」
荻野さんが選んだのは、シャインマスカット。当時は今ほどのブームではなかったものの、皮ごと食べられ、香りが高く、国内外でも注目されつつある品種でした。
「マスカットは、ひと房できるまで3年以上かかることもあります。その時間の流れの中で、自分の心持ちや考え方まで変わっていく。農業って、育てているのは作物だけじゃないんです。自分自身も、同時に育っている感覚があります」
魅力は“目に見えないもの”を積み重ねること
――マスカットづくりの魅力とは、どんなところにありますか?
「やっぱり、丁寧に向き合った分だけ、果実に応えてもらえるという点ですね。たとえば、摘粒のタイミングを少し早めるか、少し遅らせるかで、房の形や糖度、食感まで変わるんです。見た目も大切だけれど、食べた時に“あ、これは違う”と思ってもらえるような一粒を目指しています」
収穫時期の見極めも非常に重要だといいます。完熟に近づけることで香りが立ちますが、一方で果皮の裂果リスクも高まります。
「その年の天候によって、管理の方法は変わります。晴れが続いたら潅水の調整を、雨が続いたら裂果防止の処置を。すべてが“読み”と“経験”の勝負です」
苦労は“計算通りにいかないこと”の連続
――逆に、マスカット栽培の難しさやご苦労はどんな点でしょうか。
「一番の敵は“気象”ですね。どれだけ準備をしても、雨・風・雹など自然災害の前では無力になることもあります。また、病害虫も年によって傾向が違うので、毎年が“初挑戦”みたいなものです」
とくに露地栽培にこだわるOGINO VINEYARDでは、袋掛けをせず、自然光をたっぷり浴びた美しい果実を育てています。だからこそ、果皮への影響を最小限に抑える管理は、緻密さが求められます。
「だからといって、守りに入るのは違うと思うんです。毎年挑戦する姿勢を崩さないことで、土も木も、自分自身も育っていく。それが一番おもしろい部分かもしれません」
地域とのつながりが、生産者を支える
――生産者を支援する視点で、地域社会との関係についてもお聞かせください。
「地域には、本当にたくさんの“知恵”が眠っています。剪定の仕方ひとつ取っても、先輩農家さんから学ぶことは多いし、相談できる関係があると心強い。あと、観光やワイン醸造など、異業種の方とも連携して、“農業が孤立しないようにする”ことが大切だと思っています」
OGINO VINEYARDでは、収穫体験やワインづくりワークショップ、マルシェ出店などを通じて地域と関わり合い、交流の場をつくっています。これらの活動が新しい消費者との接点となり、農業の価値を“見える化”するきっかけになっています。
これからマスカットづくりに挑戦する方へ
――最後に、マスカット栽培をこれから始めたい方にメッセージをお願いします。
「マスカット栽培って、正直“甘くない”です。でも、その分、得られる喜びや感動はものすごく大きい。一本の木から、季節が変わるたびに学びがあり、気づきがある。毎年が勝負で、毎年がギフトなんです。
だから、“育てる楽しさ”を信じられる人には、すごく向いていると思います。あとは、地域とつながること。一人でやろうとしないこと。支えてくれる人がいるからこそ、続けられるというのは、どんな農家さんも感じていることだと思います」
まとめ:生産者の“手の中”に宿る未来
マスカットづくりは、自然のリズムと人の手の調和が生み出す、芸術のような営みです。
そこには、日々の小さな選択と、土地への深い愛情、そして未来への責任が詰まっています。
OGINO VINEYARDが見せてくれたのは、ただ果実を生産するだけではない、“地域と共に育つ農業”の姿でした。
これからマスカット栽培に挑戦するすべての人へ――その手に宿る一粒が、誰かの笑顔や希望につながることを願って。