―― 枝の一本、葉の一枚までが、果実の風味をつくる ――
シャインマスカットの魅力は、なんといってもその芳醇な香りと濃厚な甘さ。
ですが、その味わいは自然に任せていても得られるものではありません。
果実の香りと糖度を最大限に引き出すために欠かせないのが「樹勢管理」。
つまり、木の“力加減”をコントロールする技術です。
本記事では、OGINO VINEYARDの視点から「樹勢管理の基本」を体系的に解説します。
香りと甘さを引き出すために、どのように木と向き合い、育てるのか――。その考え方と実践をご紹介します。
■ 樹勢とは何か?香りと甘さを左右する「木のバランス」
「樹勢(じゅせい)」とは、樹木の勢い=成長力を意味します。
具体的には、以下のような要素が含まれます。
枝の伸び方(長さ・太さ・本数)
葉の色や大きさ
根の張り具合と吸水力
果実の肥大スピードと糖度の上がり方
樹勢が「強すぎる」と枝葉ばかりが茂り、果実に十分な養分が届かず、香りがぼやけたり糖度が上がりにくくなります。
反対に「弱すぎる」と果実の肥大が止まり、皮が固くなる、酸味が抜けないといった問題が出てきます。
つまり、適切な樹勢=果実の香りと甘さを引き出す土台なのです。
■ 樹勢の状態を見極める観察ポイント
① 新梢の伸び方を見る
・理想:20〜30cm程度の新梢が安定して伸びている
・強すぎる:40cm以上で暴れるように伸びる
・弱すぎる:10cm未満で細く弱々しい
② 葉の色と厚みを確認する
・理想:濃すぎず、やや厚みのある明るめの緑色
・強すぎる:葉が過剰に大きく濃い緑に
・弱すぎる:葉が小さく、黄ばみや縮れがある
③ 果実の肥大スピードと糖度の上がり方
・強い:果粒が膨らみにくく、糖度が遅れる
・弱い:果粒が小ぶりのまま固く、酸味が残る
OGINO VINEYARDでは、新梢の状態や葉の質感を見て**「今年の木のリズム」を毎日観察**しながら、管理に反映しています。
■ 樹勢管理の実践術5つの基本
1. 剪定でベースを整える
剪定は「強すぎる木を抑え」「弱い木を助ける」バランス調整の起点です。
樹勢が強い木 → 結果母枝の数を減らして枝数を抑える
樹勢が弱い木 → 適度に枝を残して光合成量を確保
また、短梢剪定(1〜2芽残し)によって、翌年の枝伸びを安定化させることが可能です。
2. 芽かき・摘心で成長をコントロール
萌芽後の「芽かき」や「摘心」は、余分なエネルギー消費を防ぐための重要な作業です。
不要な副梢は早めに除去
枝が徒長しそうな時は摘心で勢いを抑える
枝を“伸ばす”よりも“実らせる”方向へエネルギーを導く作業が、香りと甘さにつながります。
3. 肥料設計を見直す
肥料のやり方ひとつで、樹勢は簡単に変化します。
窒素(チッソ):葉や枝の成長を促進 → 多すぎると樹勢過剰に
カリウム・リン酸:果実の着色・糖度を促進
OGINO VINEYARDでは、元肥を控えめにし、木の反応を見て追肥を行うスタイル。とくに収穫後のお礼肥は、来年の樹勢を整える鍵となります。
4. 潅水(かんすい)でリズムを整える
水の与え方は、葉・根・果実すべてに影響します。
強すぎる木 → 潅水を控えて勢いを調整
弱っている木 → 少量ずつこまめに潅水し、回復を支援
また、果粒肥大期と収穫直前の潅水量によって、果実の濃さや糖度の上がり方が左右されます。
5. 房数の調整=負荷の最適化
ひとつの木に実らせる房数が多すぎると、香りも甘さもぼやける原因に。
樹勢が強い木 → 房数を減らして余力を与える
樹勢が弱い木 →あえて1〜2房に絞って、質重視に徹する
房数と樹勢のバランスがとれたとき、果実はその“樹らしさ”を最大限に表現します。
■ 香りと甘さは“仕上げ”の管理で差がつく
▶ 収穫直前の潅水制限
水分をやや控えることで、果実内の糖が凝縮され、香りの強さも際立ちます。
▶ 房周りの葉かき
果粒が陽に当たりすぎると焼けてしまうが、やわらかく光を透す葉を1〜2枚残すことで香りが引き立ちます。
OGINO VINEYARDでは、「果実が完成に向かっていく最終2週間」を“静かに仕上げる期間”と捉え、最小限の手入れにとどめることも大切にしています。
■ 樹勢管理とは、果樹との対話である
樹勢管理とは、単に枝を切ったり水を絞ったりする作業ではありません。
それは「今、木が何を求めているか」を感じ取り、先を見越して整えること。そして、果実がもっとも美しく実る状態へ、全体を導くことです。
OGINO VINEYARDでは、1本1本の木の“ことばにならない声”を感じながら、日々の判断を積み重ねています。
甘さや香りといった“味わい”は、畑での細やかな選択の結果であり、それこそが生産者の腕の見せどころだと考えています。
■ まとめ|樹の力を“ちょうどよく”整えるという技術
シャインマスカットの品質を決めるのは、房づくりでも施肥でもなく、**「木そのものの調子」**です。
強すぎても、弱すぎてもいけない。
ちょうどよい“状態”をどうつくるか。
それが、香りと甘さを最大限に引き出す秘訣であり、技術の真髄とも言えるでしょう。